それぞれの「本当にやりたいこと」を問い続けて―岡山で近づいた“いい塩梅” 暮らしの匙加減 #1 早水加奈子さん・博之さん

広い空と山々に囲まれて、つい深呼吸したくなる山間の一角に、ひっそりと佇む「mizutoi+mizuito」。そこは服のお直しを生業とする早水佳名子さんと、革製品作家の早水博之さんの店舗兼アトリエです。仕事でも私生活でもパートナーであるお二人に、心地よい暮らしづくりの秘訣について伺いました。

「買った後」の相談相手

  • 愛くるしい猫がいて、いい光が差し込んで。とっても素敵なアトリエですね。佳名子さんがお直しのお仕事を始められたきっかけを教えてください。

    佳名子さん(以下、佳):ずっと洋服の仕事をしたいなとは思っていたのですが、どんな仕事をしたいのかはなかなか定まりませんでした。一応就職活動もしたのですが、会社勤めは自分に合わないなと感じたし、メーカーに就職したら「デザイナー」や「企画」など分業になってしまうことが多いと思います。私は洋服にまつわるすべての工程が好きだったのと、世の中にこれだけ洋服がある中で、自分が新たに洋服を作る意味を当時は見出せませんでした。

    洋服に関わっていたいのなら、まずは販売をやってみようと仕事に就いてみたところ、そこのショップにはお直し屋さんが出入りしていたんです。お直し屋さんだったら色々な洋服が見れるし、自分で縫えるし、一人ひとりに合わせるということもできる。探していた洋服との関わり方にピタリとはまった感じがしました。とりあえずやってみようと思って屋号を作り、今年で20年になります。

  • それだけひとつのことを続けられているなんて尊敬します。「お直し」という仕事の醍醐味は何ですか?

    佳:お直しは洋服の持ち主と相談して、あらゆる可能性を探れるのが面白いです。持ち主がいいと感じてくれればいいので、「こうでなければいけない」ということはない。他のお店で断られてしまったと言って持ってきてくれる人もいるのですが、「こうだったらできる」という提案を自由にできるのは、私が個人でやっているからでもあり、面白いなと思います。私のできることで役に立てたらいいし、直した服を着ているその人を見てみたいっていう自分の好奇心もあるんです。

    あとお客さんに言われて気づいたのですが、洋服を買うときは店員さんに相談したりするけど、「買った後」にその洋服について誰かと話すタイミングはなかなかないんですよね。家族や友人に聞いてもわかんないって言われたり、本音を聞けなかったり。なので洋服を「買った後」の相談相手になれているのかなと、お客さんに言われて思いました。

「本当にやりたいことか?」と問い続ける

  • 博之さんの道のりについても教えてください。

    博之さん(以下、博):僕は縫製学校を卒業して、しばらくアパレルで販売員をやっていました。革小物を作るようになったのは、自分が使いたいものを作りたいと思ったのが一番です。

  • 博之さんも佳名子さんも、ご自分の「やりたい」という気持ちを大切にして、実現されてきたんですね。

    博:二人の中で共通しているのは、「それは本当にやりたいことか?」という問いや確認を常に行ってきたことだと思います。

     

    佳:私も振り返ると、「説明が付かないけど、なんだかやってみたい」を選んできました。理由をうまく言葉にできないけど、気持ちが湧きたったり、ドキドキしたり、どうしようもなく惹かれていること。そんな感覚に出会えたら、そちらに行ってみる、ということをしてきたかもしれないです。

  • 東京から岡山への移住も、きっとそうした感覚に従ってのことだったのでしょうか。

    佳:そうですね、きっかけはコロナ禍でした。震災のときも同じ不安を感じたのですが、食べ物や水がなくなるかもしれないという状況を経験したときに、自分の食べるものはある程度、自分で作れるといいなと思い始めました。

    またそれまでは仕事が好きで忙しく働いていたけど、コロナで一度そのサイクルがストップしたことで、時間に余裕が生まれて、家事も好きだという気持ちを思い出しました。でも慌ただしい日々の中ではその楽しさを感じることができなくて、これからどんな暮らしをしたいか考えたときに、仕事主体ではなくて、生きられるベースがある上で仕事に向き合いたいと思ったんです。まずは夫の出身地である、岡山で住まいを探してみました。初めてここを訪れたときに、毎日この景色を見れたらいいなと感じたのを覚えています。

家事ができない日があってもいい

  • 移住されて生活はかなり変わりましたか?

    博:「田舎暮らしでのんびり」とはなかなかいかなくて、都会とは違った忙しさがありますね。

    佳:今は仕事に加えて、畑仕事や家の改修、草刈りなど、やることが以前より増えているので、毎日があっという間に過ぎていきます。東京にいた頃と何が変わったかな?と考えると、今は自分が望む暮らしのために、自分で選んだことで忙しいから、納得感が違うかもしれません。ずっと穏やかなことがいいのではなく、やりすぎるくらいが気持ちいいこともあるから、家事ができない日があるのも悪いことではないと思えるようになりました。

  • 一言で「忙しい」と言っても、自分が納得しているかしていないかが大きいですよね。体の面では、手元の細かい作業が多そうですが、いわゆる「職業病」のような悩みはありますか?

    佳:お直しの仕事は、意外にずっと動いているから体への負担が少ないんですよ。座ってミシン使って、立ってアイロンかけて、物取りに行って・・・という具合に。朝ストレッチをして体をほぐしているくらいで、そんなに肩こりなどもないんです。また畑仕事があるおかげで、それがいいリフレッシュになっています。

    博:体は僕の方が大変で、鍼に通ったりジムに行ったり、色々しています(笑)反り腰になりやすいので、姿勢を整えてもらったり、内臓も弱いので、腰やお腹を冷やさないように腹巻をしています。

    佳:腹巻は、締め付けがないのがいいですよね。締め付けを感じるとそれだけでお腹痛くなっちゃうので。昔はスキニーパンツを頑張って穿くという時代もあったけど、今はできない。気持ちいいのが一番ですよね。

1+1のまま、一緒に生きる

  • 佳名子さんは冷えとりもされているとお聞きしました。

    佳:冷えとり靴下を始めたきっかけは、昔、夏にすごい皮膚に炎症が出てしまったことがあって。体のバランスが崩れていると思ったので、以前から気になっていた冷えとり靴下を始めてみました。冷えとり靴下に慣れてしまうと、靴下を重ねていないと季節関係なく寒いと感じる時期もあったのですが、今年の夏は思い切って裸足で過ごしてみたんです。すると裸足の気持ちよさも知りました。そして今日、ちょっと冷えていたので久しぶりに靴下を履いたら、やっぱり気持ちいいなって。

    自分自身で冷えに気づけるようになったのが大きい変化だなと感じます。やっぱり自分の状態は日々移ろうものだから、今何が一番快適なのかを感じながら調整できたらいい。以前のように体に深刻な悩みがあったら、面倒くさいとか言わずに真面目に取り組むと思うのですが、ズボラでいられるのはある程度健康な証拠かもしれないですね。

  • これまで小さな違和感を大事にしながら、お二人にとっての理想に少しずつ近づいてこられたと思うのですが、「揺らぎ」を感じたときはどのように対処していますか?

    佳:私は散歩するか、とにかく「書く」。その辺に置いてあるチラシの裏でも何でもいいから、今思っていることを書き出します。腹が立ったりモヤモヤしたり、人と比べて自虐的になったり。そんなときはとにかく自分の感情を包み隠さず書き出すと、「で、自分はどうしたいんだっけ」というのが見えてきます。書いていると落ち着いてくるので、満足したら捨てちゃう。たまに読み返したりすると、大体大したことないんですよね。

    博:僕も散歩ですね。夏、昼間は暑いし夜はイノシシが出るので、日が暮れる30分くらい前に外へ出て、近所を歩くとすっきりします。

  • お仕事でもプライベートでもパートナー同士であるお二人が大切にされていることを教えてください。

    博:僕たちは感覚は似ていることが多いんですが、別の生き物なので、互いの違いを認めて理解しようとすることでしょうか。アイデアや意見がある時は、提案して、合わない時はプレゼンして、時には寝かせて再考して…。

    佳:最初は似てるところばかりにフォーカスしてたかもしれません。似ているからこそ、ニコイチのように相手をとらえて、自分の価値観を相手に強いていたことで、たくさんぶつかってきました。価値観が違うところは擦り合わせていかないといけない、価値観が違うと一緒にいるのは難しい、そんな風に思っていたような気がします。

    最近は「相手は自分と違う」という認識を二人が持って、共有することもそれぞれでいることも、どっちも受け入れられるようになってきました。そのことについて二人でいっぱい話したから、この考えがふたりの間の軸になってる気がします。

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