ときめきくらしびと
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第3回 櫻木直美さん|仕事はときめきの連続 ― 人ってまあるい中に生きている

くらしきぬのお客様とのおしゃべりを通じて、日々の暮らしの中で「ときめき」を見つけるコツを探る『ときめきくらしびと』。第3回はオーガニックブランド「marru(マアル)」の代表を務める、櫻木直美さんにお話を伺いました。

ときめきくらしびと 第3回 櫻木直美さん

スケッチブックを掲げた写真を撮れば「恋人募集中の写真みたい!」と笑い、取材中も「ガチで」「やっばい」を連発し、まるで母娘のやりとりのようなテンションで取材に応じてくださいました。そんな明るくてチャーミングな直美さんも、マアル立ち上げ前には娘さんとご自身の予期せぬ出来事に苦しんだ時期があったといいます。「すべて繋がってる」と何度も口にする直美さん。ユーモアや好奇心は、目の前の人やものへの敬意から生まれてくるのかもしれません。

プロフィール

櫻木直美さん|広島県在住・オーガニックブランド「marru(マアル)」代表。娘さんとご自身のアトピーをきっかけにマアルを立ち上げ、今年で12年目。幼少期からご家族の転勤で各地を転々とし、起業したのは縁もゆかりもなかったはずの広島でした。好きな休日の過ごし方は、自営業仲間との釣り。

直美さんInstagram

30歳のとき、我が子と自分の身に起きた予期せぬ出来事

  • まずはじめに、代表を務めるオーガニックブランド「marru(マアル)」を創業されたきっかけについて教えて下さい。

    すべての始まりは、娘と自身のアトピーです。それがなければマアルも生まれていないし、今の暮らしにはなっていないと思います。

  • それまでお肌のトラブルはなかったんですか?

    私自身30歳までは全然なく、まさかの出来事でした。

    まずは子どもが、生後3ヶ月のときにアトピーがでてきて、乳児湿疹を疑ったけれど、これはそんなもんじゃなさそうだなと。一緒に寝ているときもおぼつかない手で一生懸命顔をかいていて、ふと気付くと顔から血がいっぱい出たりして…。初めての赤ちゃんで、顔から血が出ているのを見たらたまらないじゃないですか。アレルギー検査をしてもアレルゲンは検出されず、「一体何が原因なんだろう?」「そもそもこれって何が起きているの?」とわからないことばかりでした。

  • 私には想像が及ばないほど、不安でいっぱいの毎日だったかと思います。

    代われるものなら代わりたいと思っていました。その頃はまだ私も優しかったから(笑)

    でもそんなことを思っていたら、娘が発症した2~3年後に、代わるのではなく私も追いかけるようにアトピーになってしまったんです。そのとき、親子でなるということは病院を頼ってパッと治せるものではなく、生活習慣や体質など根本的な部分を変えないといけなさそうだと、覚悟が決まりました。いろんなことに興味がバーっと広がって、冷えとりや天然素材に出会ったのもそのときです。

    それから2~3年は徹底的に調べて実行して、寝具も全部シルクに替えて、靴下も8枚履いていました。

大変だっただろう過去も、冗談を織り交ぜながら明るい雰囲気の中お話してくださる直美さん。

  • 靴下8枚はすごいですね…!今でも続けていらっしゃるんですか?

    それは、すみません…!!取り繕うわけではないのですが、試行錯誤の甲斐あって徐々に症状が緩和してきたんです。それに伴い、4枚、2枚と少しずつ減っていきました。今は、常に頭寒足熱の意識を持ちながら、夏は1枚になったり体調が傾きそうになったらすぐに重ねたり、その時々で無理せず調整できるようになりました。

  • 症状が緩和したのなら何よりです。ご自身の気付きから、他の方にも広げる動きに繋がったのでしょうか?

    自分がかゆくなる原因を常に探し求めていて、私は黄砂や花粉などの外的要因が一番大きかったんです。すると「黄砂が憎い!」となるわけだけど、調べてみると黄砂は砂漠化から来ていて、さらに砂漠化は森林伐採から来ているとわかる。私は外食時、無意識に割り箸を使っていましたが、自分の行動が黄砂に繋がっていると知ってとてもショックだったんです。黄砂に文句を言うのはお門違いで、自分の身に返ってきているんだと思い知りました。

    自分の肌を通じて世界が広がって、環境問題や社会問題に強い興味を持ち始めて、マアルの前身となる「エコママン」という活動を友達とはじめました。やっていたこととしては、周りのママ友に布ナプキンの気持ちよさを伝えたり、マイ箸袋を作って配ったり…といったことです。

「まあるく繋がろう」から、「マアル」

  • 身の回りのお友達から徐々に広がっていったんですね。

    布ナプキンは、自分たちが納得のいく形と素材で手作りして、面倒なく簡単に使えることを伝えていました。箸袋も和柄のものが多いですが、それが私はすごく嫌で。自分が持ちたいようなシンプルなもので、リネンでできていて…と理想を膨らませて自作して、材料費と交換という形でママ友に配りました。次第に評判が評判を呼んで、気付いたら娘のクラスのママ友の3分の1が布ナプキンになっていたんです(笑)

    おすすめしたものが広がっていくことはもちろん嬉しいけれど、量が増えるにつれて疲れてきてしまいました。すると相手も気を遣って頼みにくくなってしまうんですよね。「もっとお店として、ちゃんと売って欲しい」という有り難い言葉をもらって、お店として始めることに決めました。それがマアルの始まりです。

  • 名前は「エコママン」ではなく、「マアル」に変えたんですね。

    私自身、エコバックやマイ箸袋を忘れてしまうこともあるし、「エコ」という言葉を背負っているのもしんどくなってきたんです(笑)名前への違和感もあったので、「まあるく繋がろう」から「マアル」と名付けました。消費者の立ち場にいても、生産者の人や売ってくれる人の輪の中にいるし、子育てをしていても地域の人に助けてもらったりしている。人は直線的なつながりではなくて、まあるい中に生きていると思うんです。

  • とても素敵な屋号です。

マアルがはじまったときから看板商品の「布ナプキン」。試行錯誤を経て、納得のいく仕上がりに。

「どうってことないからやってごらん」の気持ちを、ずっと。

  • 広島で始まったマアルですが、直美さんは広島ご出身なのでしょうか?

    生まれは横浜ですが、小さい頃から転勤族で、東京、大阪…と転々としていました。初めての就職は、大阪で広告会社に勤めていたのですが、結婚してからは彼も転勤族だったので、一緒に日本を飛び回っていました。それで広島に来て、ちょうど10年くらい前に離婚したんですよ。あ、これ全然隠していないので書いてくれちゃって大丈夫です(笑)きっと広島も、彼の転勤で2~3年で出ていくんだろうなと思っていたらそんなことになったので、気付いたら広島に来てから今年で16年目になります。

マアルのショールーム「マアル素 sou」の前には雄大な旧太田川が流れている。

  • そうだったんですね。それだけ長く広島にいらっしゃるということは、広島の地が肌に合ったということでしょうか?

    離婚するとなったときに、全然どこに行く気にもならなかったんです。子育てもしやすいし、程々に都会と自然があって、人も優しいし。すでにエコママンの活動をしていたので、どうしてもここでマアルをやりたいという気持ちが強くなっていきました。

  • ちょうど転機の時期に、マアルも始まったんですね。

    離婚の原因とは全く関係ないけれど、これから子ども達とどうやって生きていこう?と考えたときに、私は広島でマアルをやりたいなと。両親のいる場所に帰ろうとは思いませんでした。

  • すごいエネルギーがあったんでしょうね。直美さんのInstagramを拝見させていただいて、経験を重ねるごとに色々なことに見慣れてくるはずなのに、新鮮な目を持ち続けられていることがとても素敵だなと思っていました。人生を楽しむために、大事にしていることはありますか?

    「なんくるないさ、やってみれ」という沖縄の方言を座右の銘にしています。「どうってことないからやってごらん」という意味です。一緒に働く人も、やっぱり常に努力して、挑戦し続ける人がいい。歳を重ねていくことは、私も憧れの先輩たちがいるので、希望がたくさんありますよ。

直美さんを見ていると、歳を重ねることがとっても楽しみになる。いくつになってもやりたいことをやればいい。そんな希望が湧いてくる。

仕事をしていると、ときめきの連続

  • 社長業をされている中で、かなりの時間を仕事が占めていると思うのですが、日々どのようなときにときめきますか?

    仕事を通じて、人と出会い、その人の話を聞いて、知らなかった裏側を知れたときです。舞台裏を知るというか。それは草木染めや織り職人など製品に関わる人だったりお客様だったり、仕事をしているとワクワクしっぱなしです。

  • 「今は心がキュンと動かないな」というときはないですか?

    マアルを始めてからはないですね。もちろん仕事の悩みとかはあっても、それが一週間は続きません。

    以前、新しい工場さんに初めて製品を作ってもらったら、9割を要補修で返品しなくてはならないというとてもショックなことがありました。またその工場長さんがいい人なものだから、一生懸命縫ってくれた製品に対して返品の旨を伝えるのがすごく辛くて…。

    ただ、そういう日に限って、お客さんから「この間買った製品にすごく助けられました」といった泣くようなメールが来てたりするんです。どうしてこのお客さん、今送ってくれたんだろう…!と思いますよね。ちょっと不良品かもと感じても、それを見なかったつもりにしてお客さんに渡していたらやっぱりこういうことにはならないのかなと背筋が伸びる思いでした。本当に、人に励まされています。

  • 工場にもお客さんにも誠実な姿勢が直美さんに返ってきたんですね。

    オーガニックコットンの栽培者、工場を営む人たち、お客様、本当に、出会う人全て大尊敬です。

    九州で出店したときも、マアルの肌着がきっかけで東京から大分に移住されたというお客様に出会いました。心が疲れ切って何を着ても体が拒否反応を起こしたときに、マアルのタンクトップを着たら、ぐっすり眠れたと言うんです。マアルの肌着をきっかけに、あらゆる違和感に気づいて、今の暮らしを手放したくなったと。その方は今、大分の畑で綿を育てています。その方の話を聞いて、今までがんばってきてよかったと涙が出ました。

「出会う人全て大尊敬です」と語る直美さんの目には一点の曇りもなかった。

  • マアルさんでは、「マアルシネマ」という映画上映会も行っていますよね。

    「マアルシネマ」は今年の5月から始めたのですが、「お客さんに知ってほしい」というよりも「お客さんと一緒に知りたい」という気持ちではじめました。私が「おお~!」と思ったことは、他にも一緒に「おお~!」と感じてくれる人がいるかもしれない。それならば自分ひとりで気付きを得るよりも、一緒に見て、あとで気付きを交わせる場所にしたいと思っています。

  • なるほど。どう感じるかは観る人によって違いますもんね。

    そう。違って当たり前だし、全然強要したくないんです。一緒に知って、そこからどう行動するかは人の選択です。環境や社会問題のことは、私だってまだまだ知らないことがたくさんあるので、上から言うような存在にはなりたくありません。みんなと一緒にびっくりして、一緒に危機感を持ちたいんです。『マアルシネマ』をやっていて、みんなの背中を後ろから眺める瞬間もすごく幸せです。

「マアル素 sou」で開かれる「マアルシネマ」。生産者の裏側や環境への負荷などを伝えるドキュメンタリー作品を上映している。

  • 直美さんのお話を聞いていると、本当に人がお好きなんだなぁと感じます。

    基本的には一人大好きです。昔は人見知りがひどくて、親が先生に相談したくらい引っ込み思案だったので。一人で音楽聞いて、美術館行って…という学生で、人と一緒に何かをすることがすごく嫌でした。会社を作りたいという気持ちがあったわけでもないので、いつも人生よくわからないなと思います。親戚も全くいない広島でこんなことをしているなんて…本当に不思議ですよ。

  • 最後に、直美さんにとっての「ときめき」を教えていただけますか?

    「出会い」です。

直美さんのくらしきぬ愛用品

 

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  • 取材・文:
    佐藤文子
  • 撮影:
    瀬良智也
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